
京急電鉄
- 【業務内容】
- 交通事業、不動産事業、レジャー・サービス事業、流通事業、など
- 【利用用途】
- 取引先マスタの申請・承認ワークフロー、SAP S/4HANAとのファイル連携、申請進捗・履歴管理、Excel管理簿の置き換え、市⺠開発の推進 など



鉄道やバスを中心に、不動産、ホテル・レジャー、流通など幅広い事業を展開する京急電鉄。グループ共通の経理システムとしてSAP S/4HANAを導入する一方、取引先マスタの申請・更新業務においてExcelやメール運用による入力不備、確認作業の負担、属人化が課題となっていた。そこで同社は、サイボウズのkintoneを活用し、申請受付から承認、SAP用ファイル生成、進捗管理までを一元化するアプリを構築。業務負担の軽減や処理時間の削減に加え、現場主導の業務改善や市民開発の拡大にもつなげようとしている。一連の取り組みについて、経営戦略室 業務デザイン担当 課長の田中晋平氏、同ITマネージャー(課長補佐)の田中裕貴氏、グループ統括部 グループICT推進担当 ITエンジニアの池田克彦氏に話を伺った。
■お話を伺った方
・経営戦略室 業務デザイン担当 課長 田中 晋平氏
・経営戦略室 業務デザイン担当 ITマネージャー(課長補佐)田中 裕貴氏
・グループ統括部 グループICT推進担当 ITエンジニア 池田 克彦氏
沿線を主な事業基盤とし、品川・横浜・羽田空港・三浦半島などを結びながら、地域に密着したサービスを提供している同社だが、近年は人口減少の影響を受け、旅客収入だけには依存しづらくなっており、沿線開発や新規事業など攻めの展開が求められている。田中晋平氏は「安定収入に支えられてきた鉄道会社も、特にコロナ禍で乗客数減少を早期に経験したことで危機感が強まっており、"稼ぐ力"の強化が重要になっています」と語る。

経営戦略室 業務デザイン担当 課長 田中 晋平氏
そうした中、業務基盤の共通化と効率化を推進すべく、同社はSAP S/4HANAを導入。2022年よりグループ各社に順次導入を進め、グループ共通の経理システムとして運用を開始した。しかし、グループ共通の基盤となったことで新たな課題が発生した。田中裕貴氏は「取引先マスタの登録・更新をExcelの申請書で記入し、グループウェアやメールなどでグループ各社から申請を受け付け、出納担当者が内容を確認。その後にExcelマクロを使ってSAP用ファイルを生成する、という煩雑な手順を踏んでいました」と振り返る。

経営戦略室 業務デザイン担当 ITマネージャー(課長補佐)田中 裕貴氏
業務フローのほかにも、「SAP特有の入力項目が複雑で申請書への入力漏れや入力形式の不備(半角カナの混入、略称ルール違反など)の多発」「各所からのメールでの授受により、最新版や対応状況の把握が困難」「入力項目に応じて確認箇所が多く、申請内容の確認や差し戻しに時間がかかる」といった課題が散見された。
結果、マスタを申請する各事業部門・各グループの担当者と、チェックする出納担当者の双方に心理的な負担が増大していた。「申請側はミスを恐れながらExcelシートを作成し、出納側は不備の多い申請を指摘せざるを得ないため、どうしてもコミュニケーションがギスギスしていました」(田中晋平氏)
また、Excelマクロの保守が特定の担当者に依存していたことに加え、申請内容のチェック結果や承認履歴も残らないため、ガバナンス上の懸念もあったという。
しかも、前述したような新規事業の展開や多角化の流れを受けて、取引先マスタの登録・更新は頻繁に発生する。池田氏は「グループ全体で取引先マスタを一括管理していますので、取引先の追加・更新の申請は1日に10件以上発生することもあります」と語る。

グループ統括部 グループICT推進担当 ITエンジニア 池田 克彦氏
そうした取引先マスタの申請および更新業務に関する課題を解決すべく、同社が選んだのがサイボウズの「kintone」だ。主に3つのノーコード/ローコードツールを比較検討した結果、kintoneの採用に至った。決め手となったのは、画面や項目、プロセスを柔軟に設定でき、プラグインも豊富に用意されているため、単純な処理だけでなく複雑な処理にも容易に対応できる点だ。
「マスタ申請の受付から内容確認、承認、SAP用ファイルの生成のほか、処理状況を1つの仕組みで管理できることを目指し、IT部門が活用を進めていたkintoneを使って取り組みを開始しました」(田中裕貴氏)
2024年8月に始動したプロジェクトでは、IT部門の伴走のもと、まずプロトタイプを作成して一部の利用者に公開し、改善点などのフィードバックを受けてアプリに反映するアジャイル型で進行。その後、経営戦略室で開発を進め、実作業としては3〜4カ月程度と、短期間で本番稼働に漕ぎつけた。「しかも開発にあたったのは経営戦略室の2名ほどで、『こんな短期間でアプリが開発できるのか』と経営層や上級管理職からも驚きの声が上がりました」(田中晋平氏)
この開発過程での最大のポイントは、SAP S/4HANAとkintoneの連携である。「SAP S/4HANAとkintoneを直接接続するのではなく、マスタ申請・承認・データ整形を担うフロントのアプリをkintoneで開発し、SAP所定形式のファイルを介して連携する形を取りました」(田中裕貴氏)
これにより同社は、大規模なシステム開発を行うことなくコストを抑え、既存のSAP運用をそのまま生かしつつ、マスタ申請業務を改善することができた。
実際のアプリ利用の大まかな流れは下記のとおりだ。
① 各事業部門・グループ会社の担当者は、kintone上のアプリから取引先マスタの登録・更新内容を申請する。
② 入力すべき必須項目や選択肢、デフォルト値を表示するとともに、ツール上で自動チェックを行うことで、申請時点での記入漏れや表記のばらつきを抑制する。
③ 申請後は、kintoneのプロセス管理機能を利用して、内容確認、差し戻し、承認といったステータスを管理。申請者と出納担当者間のやりとりを削減する。
④ 出納担当者にて承認後、kintone上でSAP S/4HANAの登録形式に合わせたファイルを生成し、アップロードする。
取引先マスタ申請・登録アプリは、2026年2月より本格稼働。これに伴い、申請内容や対応状況が可視化されるとともに、過去の申請・変更履歴までkintone上で一元管理できるようになった。
「確認のたびにメールやExcelファイルを探していた手間がなくなりました。申請時の記入漏れや入力形式の不備が抑えられ、申請者と出納担当者の双方の負担が軽減されています。また、SAPアップロード用ファイルの生成も標準化され、担当者ごとの作業のばらつきや属人化の抑制につながっています」(田中晋平氏)
まだ測定中ではあるものの、定量効果も次第に見えてきた。
「グループ約40社から1日約10件の申請があり、従来のExcel運用時は1件あたり10〜30分程度かかっていました。年間2,400件とすると、出納担当者の処理時間は年間400〜1,200時間に相当します。今回のアプリ導入により目視確認や差し戻しが大幅に減っており、平均処理時間が1件あたり20分から5分に短縮されたと仮定すれば、年間約600時間、約75%の削減効果を見込めます。加えて、申請者との確認作業やデータ検索、申請者自身の入力時間も減ることから、さらなる効果も期待できます」(田中裕貴氏)
取引先マスタ申請・登録アプリの成功は、京急グループにとって単なる一業務の効率化にとどまらない。少人数・短期間で実務に耐えるアプリを構築できた経験は、管理部門改革や現場部門のDXを進める上での大きな足がかりとなっている。
「今回のようにITエンジニアが深く関わる高度なアプリだけでなく、比較的シンプルな改善であれば、非エンジニアの業務担当者でも自らkintoneを使って形にできる可能性があります。そのためにも、どの業務を、どのような目標で、どれだけ改善するのかを明確にすることが重要です」(田中晋平氏)
この考え方のもとで同社は、現場や管理部門の担当者自身がkintoneを使って改善に取り組む「市民開発」の裾野を広げていく方針だ。
具体的に検討されているテーマの1つが、SAP保守用の「問い合わせ管理アプリ」である。SAP保守チームや経営戦略室など複数の関係者が関わる中、現在は問い合わせ内容や対応状況をExcelで個別管理しているのが実情だ。「共有フォルダ上で運用しているこのExcelシートをkintoneでアプリ化することで、問い合わせの一元管理とデータ検索時間の削減のほか、コメント機能を使用した関係者間のコミュニケーション強化が期待できます」(田中裕貴氏)
もう1つの検討テーマは、脱属人化、ブラックボックス化からの脱却を目的とした「取引先情報管理アプリ」だ。先に紹介した取引先マスタ管理とは別に、電鉄本社における従来からの取引先にかかる情報管理や関連する事務処理をAccess、Excel、Wordといった複数のツールを組み合わせて特定の担当者が行っており、ブラックボックス化していた業務をkintoneでアプリ化する。「アプリ化の過程で作業の棚卸や整理も行うため、業務プロセス全体が可視化されます。それによって無駄が削減されるなど、単なる効率化を超えた変革が期待されます」(池田氏)
さらにその先で同社が見据えているのが、kintone AIの活用だ。「初めてkintoneでアプリを作る担当者は、白紙の画面を前に何から始めればよいか迷いがちです。そこをAIが支援できれば、市民開発の浸透にも大きく貢献します。kintone AIは、業務現場の担当者が身近な業務システムを改善するうえで非常に有用であり、運用ルールを整えながら積極的に導入を進めたいと考えています」(池田氏)
まずはクローズドな環境で安全にAIを試し、複数ツールを比較しながら、業務補助、情報検索、アプリ作成支援、判定支援などの具体的な活用方法を見極めている段階だ。「AIとkintoneを組み合わせることで、DXをより迅速かつ低コストに進められる可能性があります」と田中晋平氏は強調する。京急電鉄はこれからも、各事業部門やグループ会社の担当者がより容易に業務改善へ踏み出せる環境づくりを進めていく。
(2026年8月取材)
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