星野リゾート
- 【業務内容】
- ホテル、旅館、リゾートの運営
- 【利用用途】
- 全社共通の幅広い業務
ホテルや旅館など運営事業を中心に手掛けている株式会社星野リゾートでは、グローバルチェーンに打ち勝つための差別化の1つとして、ホテルの魅力を生み出す現場のスタッフ全てをIT人材に変えていく「全社員IT人材化計画」に取り組んでおり、その基盤としてサイボウズのkintoneが採用されている。その経緯について、情報システムグループ グループディレクター 久本 英司氏および同グループ 小竹 潤子氏にお話を伺った。
1914年に長野県軽井沢で最初の旅館を開業して以来、ホテルや旅館などの宿泊事業を中心に、ブライダルやスキー場などさまざまな運営事業を手掛けている星野リゾート。顧客が求める旅の嗜好やその土地の個性に合わせたブランドとして「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO」「BEB」を展開しており、2021年には45施設を運営する総合リゾート運営会社へと成長を遂げている。
そんな同社では、グローバルな競争がし烈なホテル業界において真似されにくい独自の姿を確立、維持していくための事業戦略に沿ったIT戦略を掲げている。「そんなIT戦略を支える情報システムグループは、数年前に比べてリソースが大きく増えています。DX化の推進に向けて内製エンジニアが増えただけでなく、現場出身者を中心にシステム運用のチームとプロダクトを改善しながら進めていくプロジェクト推進チームという、全体で30名を超える組織になっています」と説明するのは久本氏だ。
また、昨今のコロナ禍において観光・滞在体験のデジタル化が進む今、同社では優れたデジタル体験を生み出すことで世界に通用するホテル運営会社になるべく、顧客体験の理解をデジタル化する取り組みを加速させている。「現場の力が強い我々だけに、デジタル化についてもIT部門だけでやるのではなく、現場とともにシステムを作成し、現場と一緒になって運営力を高めることを競争力にしたいと考えています」と久本氏は説明する。「世界の人たちを友人として結んでいく」という他の産業にはできない“旅の魔法”を生み出すべく、顧客体験の創造を支援する情報システムグループは、“旅に魔法をかけるITチーム”を目指して活動している。
そんな活動に欠かせないIT戦略を実現するために必要な能力として、久本氏は変化を前提としたITケイパビリティを挙げる。「ITケイパビリティは、単に情報システム部門の組織的な能力だけでなく、経営のなかでどうIT組織を位置づけるのかも含まれています。そして、事業の中でどのようなシステムとして実装し、それがどの点が競合と差別化されているかをステップごとに考えてきました。そのなかでグローバル大手ホテル運営会社との差別化要素として考えたものの1つが、「全社員IT人材化計画」だったのです」と語る。
競合のグローバル大手ホテル運営会社は、IT投資額が莫大でIT人材も豊富に存在しており、現在でも同社とは大きなギャップがあるのが現実だ。そんな状況下で考えたのが、業務に限らずホテルの魅力づくりを行う現場のスタッフ全てをIT人材にしていくことだったのだ。「フラットな組織文化という星野リゾートが大事にしてきた考え方があるからこそ、「全社員IT人材化計画」の着想に至っています。サービスチームも顧客満足度と生産性の両立が目的にあり、現場のスタッフが魅力を作るのと同様、ITを用いて業務改善していくことで、競争にも打ち勝っていける可能性があると考えたのです」と久本氏。
もともと星野リゾートでは、イノベーション自身は顧客に近い現場のスタッフが日々の地道な作業に熟練した上で固定概念にとらわれない、変化を恐れず挑戦する活動から生まれると考えており、現場のIT人材化についても、現場自らIT人材として進化をけん引しようという意識が当初から備わっていたと久本氏。 ただし、現場のスタッフ含めた業務部門に対してプログラミングを教えることは現実的ではない。そんななかで、使いやすいノーコード・ローコードツールが市場に出始めてきたことで風向きが大きく変わってきたという。「以前はIT部門のためのものでしたが、業務部門のためのノーコードツールが徐々に浸透し始めていたことで、我々の仕組みと落とし込むことで競争力に変えていけるのではと考えたのです」と久本氏。
そこで注目したのが、サイボウズが提供するkintoneだった。「多くのスタッフがPCの前で仕事をしておらず、隙間時間で完結できるワークフローを作り出せるのが、クラウド環境で利用できるkintoneでした。ローコードツールはコーディングが必要な分、情報システム部が学習して利用することになり、現場が使えるイメージが持てなかった。ノーコードツールでもあるkintoneであれば、ITに詳しくない現場にも使ってもらえると考えたのです」と久本氏。
さらに、業務アプリケーションはプロセスとコミュニケーションの組み合わせでドライブすると考えている久本氏にとって、コミュニケーションの仕組みが最初から組み込まれている点も高く評価したポイントの1つだ。「アプリケーション基盤ではなく、チームで活用するグループウェアだと言い張っていたことも、サイボウズの会社としての本気度がうかがえるなど好感が持てました。また、導入した2014年のタイミングでkintoneはAPIに広く対応し始めたため、無限のカスタマイズが可能な余地が広がったことも大きなポイントでした」。
現在同社では、これまで試行錯誤しながら2700を超えるkintoneアプリを作成し、現状業務フローとして日常的に800アプリほど利用している。具体的には、「業務改善」「アジリティプラットフォーム」「データプロセスコミュニケーション」という3つの考え方でkintone活用を進めている状況だ。
業務改善に関連した取り組みについては、別荘管理の事業部においてスクラッチ開発された基幹システムを、20ほどのアプリで全てkintoneに置き換えたものを例として挙げている。別荘管理では、毎月発生する管理費用とともに、オンデマンドでその都度発生する役務に対する請求管理をkintoneにて実装している。「電話やメモで受け付けてスプレッドシートにて管理していた顧客からの問い合わせを全てkintoneに置き換えています。暖炉に使用する薪の用意や部屋のクリーニングスケジュール、貸布団の管理など各種リクエストをkintoneにて受け付け、それを請求書に落とし込むまでの環境を全て整備しました」と小竹氏。
データプロセスコミュニケーションについては、新たに開業した施設や希望する部署にスタッフ自ら立候補する社内公募制度のフローをkintoneにて整備しており、オープンキャリアとしてスタッフが手を挙げて募集する人事制度に関しても、人事部門と相談しながら2か月ほどの短期間でリリースすることに成功している。「社内公募制度では、以前は施設側が募集の案内を出したあとは、全てExcelやメール、電話などを駆使していたことで、非常に煩雑な運用でした。これをkintoneにてフローを統一することで、今ではスムーズに結果が出せるようになっています」と小竹氏。また、総務部門で運用されているワークフローやシステム申請、出張申請なども個別に運用されていたが、コロナ禍において重要度が高まるなか、kintoneを統一的なワークフローツールとして利用頻度を高めていった。このこともデータプロセスコミュニケーションの一例として挙げている。
基幹システムに関わるアジリティプラットフォームについては、急遽始まったGo toトラベルの対応として基幹システムと予約システムの中間的な位置づけとして作成したキャンセル料の返還申請フォームをkintone開発のスピードを活かして短期間で作成したことをはじめ、温泉の混雑度をIoTで測る仕組みやギフト券発券の仕組みなども、エンジニアによるスクラッチ開発の機能と併用しながらkintoneアプリで補完できる部分を構築。プロダクトを整備するスピードを速めることができるようになったとkintone活用の柔軟性を評価する。
「全社員IT人材化計画」に向けては、導入当初は情報システム部門のリソースが足りずになかなか進んでいなかったが、2019年に小竹氏が情報システムグループに異動してきたことで、さまざまな施策に取り組む体制が整ったという。小竹氏が行ったのは、kintoneの徹底的な理解を進めるべく、kintoneアソシエイトの認定資格を取得したこと。そして、大きく3つの取り組みを進めることで、「全社員IT人材化計画」へのプロセスを現在も強力に推進している。
まず実施したのは、ガバナンスの整理だ。「活発な活用にむけて厳格なルールを設けてこなかったため、アプリが無法地帯化していた部分も。そこで、他社のお話を伺いながら星野リゾート風にアレンジし、ガンバナンスを整備していきました」と小竹氏は説明する。
ガバナンスが整備できていないと、新参者が入りづらく、業務改善のアプリを作りたいと思ってもなかなか自分のものにできなかった状況が生まれていたため、早急にガバナンス整備を進めていったのだ。「統治していくというよりも、仕組みを整えることで使いやすくしていくという意図です」と久本氏。
2つ目に行ったのが、プラグインを最大限活用すること。「これまでkintoneで出来ないことがあれば、すぐにエンジニアに依頼してコード開発を行っていましたが、開発可能なスタッフが限られてしまう。私や他のスタッフでもアプリ開発できるようプラグインを積極的に活用し、まるでエンジニアスタッフのように誰にでも開発可能な環境を整えました」と小竹氏は説明する。なお、現場スタッフにも広げていくためには、現場のスタッフとして働いていた非エンジニアの小竹氏が高度なアプリを作成して発信していくことが重要だと考えた久本氏。エンジニアによるカスタマイズではなく、プラグインを駆使して現場スタッフだった小竹氏がアプリを作っていることをメディアにて発信していくことで、その情報に触れたスタッフにも自分たちでも開発できるマインドを持ってもらうことを意識したという。
そして3つ目に行ったのが、スタッフに対して教育環境を用意することだ。「フラットな組織であるがゆえに、以前からマルチタスクで業務を行うという思想が根付いており、あえて我々からIT人材になって欲しいとお願いはしていません。基本的にはビジネススクールをスタッフ向けに開催することや、興味を持ってkintoneの情報が取りに行けるようなスペースを用意して自ら学習できる状態を作っていきました」と小竹氏は説明する。ビジネススクールについても、kintone講座を開催するのではなく、現場から学びたい人に手を挙げてもらい、その内容に応じて教育プログラムを検討して研修のなかで実践していくようなアプローチだ。「すでに定番化しつつありますが、自ら手を動かして学べるようにするために、アプリ作成がトライアルできる環境をガバナンスの仕組みとして整備しています。自主学習用のコンテンツも用意するなど、「全社員IT人材化」に向けた環境が整ってきています」と久本氏。
現状は「全社員IT人材化」に向けて着実に歩みを進めている状況だが、どのレベルまでkintoneを理解してもらうかに腐心しているという。「全く知識がない状態では微妙なアプリができてしまうのが現実です。現場のやる気を損なわずにどこまで理解してもらうかについては苦労しています。また、できるだけkintoneに親しみを持ってもらえるかも重要なため、毎月kintoneのログイン画面を各施設の画像に切り替えるなど、いろいろ工夫しています」と小竹氏。さらに、チームでkintoneを作り上げるという価値観を設定しており、情報システムグループが現場と並走しながらアプリを作っていくような環境づくりも、定着させる仕組みづくりの一環として重要視しているという。
kintoneを現場に展開したことの効果については、これまでスプレッドシートでとどまっていた情報管理がアプリケーションで実施できる状態になっていることが一番大きいと久本氏。「データとプロセスをアプリにて動かせるようになったことで、業務改善などの取り組みを継続して行っていくというマインドが現場スタッフも含めて全社的に高まっています」。今では現場もkintoneファーストで業務フローに落としやすくなっており、結果として業務の自動化や業務の改善などに向けた工数を縮めることにつながっていると高く評価する。小竹氏も、「kintoneによって業務同士がつながっていくようになり、業務のスピードやコミュニケーションがどんどん早くなるなど、大きな効果につながっていると感じています」と評価する。
導入から7年経った今、現場の潜在力を最大限に引き出せるところまでたどり着いたとと久本氏は表現する。「ノーコード・ローコードツールがようやく市民権を得てきたことが背景にありますが、現場のスタッフ自身が自分たちでシステムを作るという意識が醸成されてきていると感じています。現場としても自分たちの力を何倍にもできるという期待がすごく高まっており、現場の力を最大化するための仕組みづくりにkintoneが重要な位置づけになっているところです」と評価する。
kintoneを導入してから数年が経過し、現状は「全社員IT人材化」に向けて積極的な展開が始まった段階にある。「最近開催された社内向けの勉強会では、初めてkintoneに触れるスタッフが1時間ほどで現場に役立つアプリを作り上げているのを目の当たりにしました。私が想像した以上に、kintoneを使いこなす力と作成する力をスタッフが持っていることを改めて実感しています。この流れがさらに加速していくと期待を寄せています」と久本氏。これまではビジョン実現に向けた環境整備が中心だったところから、kinotneでの業務が当たり前になった今、自分自身で作っていくという道筋を経て「全社員IT人材化」実現に向けてこれまで以上に速いスピードで進んでいくのではと力説する。
なお、現状は独立していた各業務フローが連携し始めている段階にあるが、今では業務フローの統合からデータベース構築に向けた話題も出始めている状況にあるという。「例えば社内公募にエントリーする際には、これまでのキャリアは全て個別の情報として扱われていましたが、今ではkintone内に蓄積されて過去のキャリアと紐づけて申請できるような仕組みに代わっています。キャリアだけでなく、例えば評価も含めて1つのタレントデータベースとして管理できるようにしたいという声も出てきています」と久本氏。今後も新たな用途への展開も含めkintoneをさらに使い倒していきたいと意欲的に語っていただいた。
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